もし最後だとわかっていたら・・・


ブログ更新23日目です!
夢の90日まで続けられるか、頑張ります!

なんとなく思い出したので書きます。

私は去年の6月に被災地である宮城県亘理町へ
ボランティア活動に行きました。

もうすぐ一年が過ぎようとしていますが、
実際に被災地に行って実感したことは、
津波が押し寄せる前まで、たしかにそこには
普通の家族が、普通に生活していたということです。

平成23年3月11日の朝には、いつもと変わらない日常が
そこにはあったのです。

みんな普通に家族で朝食を食べ、
「行ってきまーす!」と
それぞれ職場に、学校に、保育園に
出かけて行ったはずなんです。

まさか、それが最後の別れになるとは
思わずに・・・・

何が言いたいのかというと、

毎朝、家族で食べる朝食も、
子供たちと一緒に入るお風呂も
一緒に添い寝できることも
当たり前ではないということ
明日も同じことが保証されてない
ということ

だからこそ、

今日家族と一緒にいれることに感謝して、
なるべく早く帰って欲しいと思います。

子供がうるさいなと思うこともあると思いますが
一緒にいられることに感謝して
子育てを楽しんで欲しいと思います。

こんな時にいつも思い出す詩があります。

「最後だとわかっていたなら」
作・ノーマ コーネット マレック / 訳・佐川 睦

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして私達は 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず

もし明日がこないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための 
ほんのちょっとの時間を どうして惜し んだのかと

忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと

だから 今日 あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を 持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

『最後だとわかっていたなら』(サンクチュアリ出版)より






ちょっと、しつこいかもしれませんが
私の大好きな長渕剛さんが歌っている
「captain of the ship」の中でも
「幸せはなるものじゃなく、感じるものだ!」
という一節があります。

以前に読んだ本で、
「幸せになりたい」と思っている人ほど幸せになれない。
なぜなら、常に幸せが先にあって、ここにはないから。
幸せになるのは、自分は幸せだと実感すること
今の生活に感謝することだと思います。

子育てで「イライラ」することもあるかと思いますが
子育てできる幸せを実感しながら
楽しんで、有難く子育てをして行きたいと思います。

家族が今日も無事に帰ってきたことに
感謝をしながら、眠りたいと思います。

恥ずかしくて、口では言えないけど
家族のみんないつもありがとう、私は幸せです。

ではでは


 
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